制度の狭間に陥ってしまい、取り残されている人を一人でも減らしたい。
私たちは、金融、医療、福祉、教育の専門知識を持ちながら実務経験を積んでいるだけでなく、様々な社会問題の当事者でもあります。複数の立場から現場に立っていて痛感しているのが、「制度の対象者であるか否かの境界線に近い方々」へのサポートが足りていないことです。
すべての人々が公平にアクセスできる支援を提供し、持続可能な社会の実現に貢献します。私たちは、人々の生活の質を向上させることを目指し、包括的な支援サービスを提供することで、社会に貢献します。
創業者紹介
代表社員 清水 竜
学歴: 博士(薬学)
東京都立日比谷高等学校を卒業後、日本大学薬学部へ進学し、卒業後薬剤師の資格を取得。その後、日本大学大学院薬学専攻科に進み、博士(薬学)の学位を取得しました。
職歴: 元研究者、大学講師、薬局薬剤師
博士後期課程に進学すると同時に生体科学研究所へ就職。社内事業の一環であったHAB協議会附属霊長類機能研究所へ転籍、最後の1年はヒューマンサイエンス振興財団の流動研究員として出向していたため、所属は転々としているように見えますが、1995年~2001年の間同じ敷地の会社で薬物動態研究者を務めておりました。(最終的な専門は薬物代謝酵素)
その後憧れていた大学での仕事を頂けることとなったため研究職を辞し、東京福祉大学で医療系の科目を現在に至るまで非常勤講師として担当し、社会福祉士、精神保健福祉士、心理職(公認心理師や認定心理士など)の育成をしています。2021年からは西武文理大学看護学部の非常勤講師として看護師の育成にも関わっています。2004年~10年以上、精神保健福祉士国家試験の解答解説集(日本精神保健福祉士協会編、へるす出版)の執筆(共著)もしています。
講師活動の傍ら、インターネット経由のヘルスケア事業を展開していた会社の常務取締役も務めましたが、事業として成立する前に親会社との兼ね合いで断念。2005年からは調剤薬局の薬剤師として現在も携わらせていただいています。パート社員、正社員、1000人以上社員のいる会社の役員、派遣社員とあらゆる立場で、個人経営~数百店舗を抱えるチェーン店の運営に携わらせていただきました。(管理薬剤師の経験もございます。)
生育歴: 毒親被害者、認知症介護者、シングルファーザー、発達障害者の親(多分自分も発達障害)難病当事者
生まれてから現在におけるまで、毒親(私の実母)とともに生活しています。もともと問題のある実母でしたが、2020年頃より認知症が進み始めて毒の濃度が一層濃厚になりました。医療に結びつけたくとも本人の拒絶が激しく数年が経過。認知症がかなり進んで抵抗が緩んだ2024年にようやく診断され、介護保険のサービスを利用しながら自宅で介護しています。「そんなに文句言うなら、離れて暮らせばいいじゃないですか」という言葉を良く頂戴しますが、『様々な理由でそれが出来ない人も居るんですよ』というのをご理解いただきたいです。(この言葉は、逃げない選択をした人、逃げたくても逃げられない人を単に追い詰めるだけです。)
詳細は明かせませんが、2003年に結婚した配偶者と離婚調停を経て2019年に離婚成立。離婚成立前からシングルファーザーとして3人の子供(小3、小6、中2の頃~)を育てています。
次男は軽度ですが、自閉スペクトラム障害を持っています。東京都内の特別支援学校の就業技術科を卒業し現在一般企業で働いていますが、完全に独立して生活することは困難であると言わざるを得ません。
また、自分自身は後縦靭帯骨化症という難病を持っています。忘れもしない東日本大震災の余震冷めやらぬ2011年4月に初めて手術を受けました。「元研究者、教育者、医療従事者にこういう病気が降りかかってきたのには何か意味があるのでは」と訳の分からないモチベーションが湧いてきまして、東京都の患者会に参加し、現在会長を務めています。
それぞれに対する想い
- 難病支援
患者交流会の参加者の中には、私の主治の大学病院に対して悪印象を持つ方がいらっしゃいました。理由を尋ねたところ『高い金を払って紹介状なしでその大学病院へ行ったら「当病院の検査機器の予約が数か月先まで埋まっているため、他の病院で検査してから来てください」と門前払いを食らった』とのこと。この方以外にも他の大学病院に対して同様の乾燥を持たれている方が少なくないことを複数回経験したことがあります。
そもそも大学病院を含めた特定機能病院は、高度医療と救急医療を提供するための病院なので、入院患者、既存の通院患者および救急患者の治療に支障を来たさないよう、紹介状なしの新規外来患者(≒その病院に来るべきか否かの選別を受けてない患者)は後回しにならざるを得ない宿命にあります。それをご存じない方がいきなり来ないように、紹介状なしでの初診の際には選定療養費として数千円支払う仕組みになっているのですが、そんなこと藁にもすがる思いの患者さんには分かりませんよね。私は、「いきなり大病院に行くべきではない」と思えるような経験を以前したことがあったため、適切なルートでとても信頼できる主治医にたどり着くことが出来ました。
私の知識、経験を、難病(または難病かもしれないと彷徨っている)患者さんのお役に立てられたらという想いを積要持つようになったきっかけのひとつです。
- 発達障害者支援
「自分の死後、子供は大丈夫なのだろうか?」は、すべての親が持っていることでしょう。子供に障害が有ればなおの事その想いは強くなるのではないでしょうか。
「〇×君(次男)は程度も軽くて可愛がられるような性格をしているから大丈夫なんじゃないですか?」とお声がけいただくこともあるのですが、軽度障害の方に対するサポート体制が整備されていないので、身内の負担が大きくなる危険性を秘めていると考えています。
自分自身親の無責任な行動でとても嫌な思いをしました(これも詳細は明かせませんが)ので、少なくとも私は「兄弟たちだけで何とかしてね」という状態では死ねないと考えています。
- イクメン、シングルファーザー
当時はイクメンなる言葉は存在していませんでしたが、長男が初めて発した日本語が「とーたん」になってしまうくらい、積極的に育児していました。今では男性トイレにおむつ交換台が設置されていないことの方が珍しくなりましたが、かつては少なかったのでウエストポーチの上でおむつ交換したこともしばしばでした。まだまだ「子供の親=女性」という世の中の構造は根強いため、イクメン同士、シングルファーザー同士での対話の機会は重要なのではないかと思います。
私の場合は最終的に離婚という残念な結果になってしまいましたが、そうならないためにもとても大切なことではないでしょうか。
共同創設者紹介
私は、多岐にわたる職業経験を持ち、金融業界、医療、福祉、教育の各分野で豊富な実績を積んできました。 信託業務や相続業務に従事し、日本法人の設立に関わり、医療現場での実務経験を積みました。 さらに、チャリティー活動の企画運営にも携わり、患者様やそのご家族を支援する医療相談員としての経験もあります。
- 教育活動
教育分野では、算数専科や視覚障害児の特別支援学校、通常の学年の担任を務め、多くの子供たちの成長をサポートしてきました。 NPO活動を通じて支援業務に従事し、学習支援員としても教育支援に携わっています。
- ボランティア活動
第5次町田市障がい者計画推進委員 元町田市地域障害センターアドバイザーとして、地域貢献しまいりました。
